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スペイン・サンチャゴ巡礼の旅 NO9

 <歩き終えて>

 人生を充分に楽しんだ。
 この旅の感想を深めるには、絵や詩歌で感性を磨くこと、読書で思索を深めること。
わくわくするような旅行は、もう無さそうだ。
 さて、これからは。

< 行 程 >

<6月26日>

 成田発21:55。

<6月27日>

 
日本からマドッリドへの直行便はない。空路、パリを経由しマドッリドへ。更に空路、パンプローナへ。
11:50着。タクシーに乗り、日本で予約しておいたホテルに向かう。ホテルに荷を置き旧市街を見物。更に歩くと建物の壁に巡礼者のための「道しるべ(青い貝のマーク)」があった。

 しばらくそれをたどって歩く。こうやって歩くのだと思うと心がはずんだ。次いで、城壁の下にある公園へ。中世の橋も渡ってみた。後日、パンプローナへ入るときに再び渡るはずの橋である。

 アルベルゲにも寄る。管理人はおじいさん。巡礼手帳をもらう。壁にタクシーの電話番号と各地への料金表が張ってあったので写しとった。バス・センターへ。スペイン東端・ロンセスバリエスへのバスは1日、1本、18:00のみ。これでは1日遅れるし、サン・ジャン・ピエド・ポーには行けない。バスはやめることにした。

 スペイン語が分からないので、バルやレストランには入りずらい。結局、夕食は、小さな店でパンとバナナとリンゴを買い、ホテルに帰って食べた。夜中に激しい腹痛。飲みなれぬ栄養剤を飲んだためか。胃薬の「正露丸」を飲み、朝には納まった。

<6月28日。歩程8km> 

 ホテルでタクシーを頼み、フランスのサン・ジャン・ピエド・ポーへ(2時間、85ユーロ。途中、今夜の宿・バルカロスのホステルに荷物を預ける)。サン・ジャンの巡礼事務所で受付。
巡礼のしるしである「ほたて貝」を無料でもらった。おみやげ店で先端に可愛い熊の付いた杖を買い、バルカロスまで3時間の道のりを歩く。足が痛くなることがなくて一安心。出発前に怪我した足の後遺症は大丈夫かもしれない。

 ホステルは仏西国境を越えたところにある。一つ星。宿の主人から「スペイン語が駄目なら、フランス語でどうか」と聞かれるほどにフランスに近い。夕方は、おばあちゃんが一人で留守番。英語は全く通じない。

 試しに宿のレストランでセットメニュー(セットの定食)を頼んでみた。メイン料理は選ぶようになっていたが、辞書を引いてもメニューの中味が分からないので、適当に注文すると豚肉の煮物が山のように出てきた。おばあちゃんが煮込んだのだろう。食べ切れずに半分以上残す。宿代25ユーロ、夕食10ユーロ。

 なお、サン・ジャン・ピエド・ポーからのピレネー越えには二つのルートがあり、私は行かなかったが、バルカロスを通らずに一日掛かりで延々といくつかの峰を越える道のほうが山の雰囲気があり、お勧めのようである。

<6月29日。15km>
 
 きょうはピレネー山脈・イバニエタ峠越え。はじめは国道歩き。かなり歩いてから、国道をはずれ、村を通り、山道に入る。林の中の薄暗くて細い道。道幅は1mもない。昔の人はこんな道を歩いたのだ。

 いったん国道に出て再び山道。道を覆う草にはとげがあり、足がふれると痛い。イバニエタ峠に立つと風が強かった。
頂きにローランの石碑。高さ5m。峠には国道を車で来た人達が数組。アメリカ人の老夫婦が「ありがとう」「こんにちは」と声を掛けてきた。峠から国道をはづれ、約30分、山道をロンセスバリエスに下る。教会中心の小さなまち。青空が広がり、景色良し。車で来た大勢の観光客がバルでお茶を飲んでいた。

 更に国道沿いに、気持のよい林の中をブルゲーテ村へ。バルに入り、カウンターにあったサンドイッチ(トルティーヤをはさんだもの。コーヒ-も入れて4.5ユーロ)を指差して注文。
アルベルゲなし。ホテルを断られホステル泊(前述。一つ星)。たくましいおばさんに迎えられる。部屋の壁には十字架のキリスト像。キリストを見ながら寝についた。宿代14ユーロ。朝食3ユーロ(パンとコーヒー)。峠越えで体の数ヶ所を虫に刺されていた。

<6月30日。19km>

 始めは牧場の中を行く。森を通り国道に出てバルでパンの朝食。また、森の中へ。ここからは山道。日本人の墓あり。2年前にここで亡くなったとのこと、64歳とある。

 ズビリ町着。初めてアルベルゲに泊る。びっしりと並んだ2段ベッドへ。マットは人型に窪み、上に乗るとギシギシと揺れる。一度は荷を解いた一組の老夫婦が泊るのをやめて出て行った。シャワーは水。これがアルベルゲかとやや驚いたが、このあと泊まったアルベルゲは、全てこれよりはマシだった。別にホステル数軒あり。

 とりあえず、足の調子は良い。まちを歩きまわったが、バルも食料品店もすべて閉まっていて、食べ物が手に入らずに困った。6時にやっと開く。明日から食べ物の確保には注意しなければと思う(なお、これはズビリだけのこと。この後は、どのまちでもバルは午後も開いており、食事に困ることはなかった)。

<7月1日。25km>

 
森と畑の中を行く。国道に出て、バルでパンの朝食。国道を歩き、また脇道へ。川沿いの公園のベンチで靴をぬぎ一休み。
道は国道を横切り、谷の上に続く。ログローニュまで行くというスペイン人夫妻と一緒になる。道は大きく右に曲がり、橋を渡り、町へ。
町を抜けパンプローナへ。川を渡り、坂を登るとパンプローナ。アルベルゲはまだ閉まっていた。
市内にある、もう1軒のアルベルゲを探して、町の人に聞きながら行ったり来たりしたが、分からない。

 前夜一緒だった女性の一団が「あと3km。次のまちのアルベルゲまで歩こうよ」と私に声をかけて通り過ぎる。重い荷を背負い疲れていたが、結局、隣町のシツル・メノーまで歩く。
教会のアルベルゲ泊り。中年のスペイン人兄弟と辞書を片手に話をしてみた。スペインに進出していた鈴木自動車の工場が不景気で閉鎖され失業中とのこと。辞書では詳しい話はできなかった。

 バルで夕食。辞書に線を引き、店のおやじに「卵焼き」を頼む。パンとコーヒーと合わせて5.5ユーロ。その後、翌日の行動食を手に入れるために20分ほど歩いて新市街に行き、果物、水等を買う。夜は教会の祭壇の前に並ぶベッドが寝床。落着いてぐっすりと眠れた。

<7月2日。20km>

 朝食はアルベルゲのキッチンで卵焼きを作って食べた。このアルベルゲでは卵やパン、果物が無料で提供される。

 プエンテ・ラ・レイナまで荷物を別送できると知って、車で荷の半分を運んでもらう。麦畑の中を延々と歩いて行くと羊の大群が通り、こちらが道から押し出されそうになった。

 峠へ。中世の巡礼者の行列に会う。等身大の鉄製の像。荷が重かった昨日よりは余裕ができて景色が楽しめる。プエンテ・ラ・レイナの第2アルベルゲ泊り。広々として気持よし。
宿舎内のレストランで夕食。フライドポテト、サラダ、パン、紅茶、ヨーグルトで7.5ユーロ。

 なお、アルガ川にかかる橋をプエンテ・ラ・レイナと言い、レイナ王妃が造った橋の意味である。中世の建造。

<7月3日。22km>

 出てまもなく、蛇口から無料・無制限でワインが飲める水飲み場があったが、知らずに通過。残念。丘の上に古城。
その下の村のバルで休憩。次いでローマ時代のアーチ橋あり。スペイン・マジョルカ島から来た2人連れの女性としばらく歩く。

 エステーリャのアルベルゲ泊り。エステーリャは中世風の都会である。アルベルゲで手伝いながら滞在中の、ひざを痛めた日本の若い女性(千明-チギラ-春美さん)に会う。
回廊のある庭付きの教会、まちが見渡せる高台の教会などを見物。川では子供達がカヌーで遊んでいた。写真を撮るために川岸へ。
草の中を歩くと皮膚に小さい「とげ」が刺さってチクチクと痛かった。スペインの野草には「とげ」があるものが多いようだ。広場のレストランでパエリヤを食べる。

<7月4日。21km> 

 歩き出してすぐのホテルで朝食。暑い太陽に照らされながら麦畑の中を延々と歩く。休みたくとも日陰なし。
高さ5mほどの家畜用乾し草の陰で一休み。更に1時間ほど歩くと、涼しい松林があった。誰もがここで大休止。セミの声も涼しげ。
更に暑い中を歩き、やっと中世のまち、ロス・アルコスに到着。

 最初に目についた民営アルベルゲに泊る(別に公営アルベルゲあり)。小さな食品店の2階。
泊りは4人。バルセロナの女性とドイツ人のおじさん(64歳とのこと。奥さんは45歳で、6歳と10歳の子供があると聞いてびっくり)、それとエステーリャで会った日本のお嬢さん。

 豆とにんじんの入ったサラダとパスタの夕食を食べながら、西独と日独の二つの辞書を片手に雑談をした。その後、女性2人とバルへ。宿代6ユーロ、夕食6ユーロ。

<7月5日。30km> 

 出発してすぐに道を間違えた。別方向へも矢印があったためである。車で通りかかった人が教えてくれた。
麦畑を行く。4人組の青年に勧められ、道端で一緒に一休み。アメリカ人、カナダ人、イギリス人など。「かたこと」でマッキンリーの話をする。

 丘陵を下り、国道を越える。背の高い黒人の巡礼者(男性)に会う。スペインの人。ビアナのまちへ。コンビニでパンと果物を買い、まちの広場で昼食。土曜日のせいか、人出が多い。子供達も遊んでいる。

 ベンチには数人の巡礼者。自転車で来た二人連れのたくましいおばさん(スペインの人)とあいさつ。
同じく自転車で来たオランダ人医師と話す。更に歩いて、ログローニョの旧市街のアルベルゲ泊り。

 玄関前の広場に3m四方のタイル張りの池があり、数人が足を水に漬けて楽しんでいた。涼しそう。受付に利用料無料のパソコンあり。
インターネットを使い、ローマ字で近況を書いて家に送ってみたが、結局、家には届かなかった。ログローニョは大都会。新市街にある繁華街は人出で混雑していた。夕食はコンビニで買ってきたものを川沿いの公園で食べる。

<7月6日。28km>

 ログローニョ郊外にある広大な公園を通過。大きな池あり。かなりの市民が散歩を楽しんでいた。

 畑の中を長時間歩く。暑い。ナヘラのアルベルゲ泊り。旧市街の教会の隣りがアルベルゲ。
うしろは赤土の山。丘に登り夕日に照らされた町を見下ろす。足に大きなまめを作って停滞していた日本人の若い女性に会う。翌朝、朝食のビスケット・パン・コーヒーは無料。

<7月7日。21km> 

 丘陵地帯の麦畑を行く。サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサーダのパラドール泊り。89ユーロ。パラドールには一度泊ってみたかった。
暑さのせいかカメラが壊れ、新しく買う(韓国・サムソン社製。59ユーロ)。フラッシュがつかず、おかしいと思って、撮ったフィルムをこの町で現像に出したら写っていなかったのだ。

 ナヘラにヒゲソリと歯ブラシを忘れ、スーパーに買いに行く。

<7月8日。23km> 

 国道は丘陵の低い所をほぼ真直ぐに伸びているが、巡礼路は麦畑の中を右に左にと曲がり、村を越え、丘を越える。

 ペロラドのアルベルゲ泊り。民営(別に地域で運営する通常のアルベルゲもある)。きれいな庭あり。宿泊者は20人位か。ベッドは空きあり。宿の記念帳に日本語で感想を書く(後日、これを読んだという日本人に会った)。広場のレストランでパエリヤを食べる。午後7-10時の広場は暑さが一段落し、家族連れ、子供達、老人で賑わう。

 手に入れた行程表(27日間で全行程を歩くというもので、毎日どこまで歩けばよいかが記入されている)を見る。
一日40km歩く日も数日あるが、これで行けばきょう以降、6日の余裕がある。40kmを2日に分けて歩くとしても、完走できそうだ。
やっと先が見えてきた。

<7月9日。24km> 

 
ビリャフランカ・モンテ・デ・オカのまちを越えると森の中の登り。これを抜けると、丘の上は広々した無人の台地。
松林・樫林があるが、道が広くて、歩いているところまでは影が届かず、ほとんど日陰なし。暑い中を延々と数時間歩く。

 疲れた。台地を下り、サンファン・デ・オルテガのアルベルゲ泊り。中世風の建物。人家数軒の小さな村。バル1軒のほか、店なし。
ナヘラで会った日本の女性やドイツの老人と宿の前のベンチで雑話(女性はドイツ語ができた)。
1ユーロのコインの模様が発行した国によって違うことを教えてもらう。手元のコインを調べると、スペイン、フランス、オランダ、ポルトガルなどのコインが見つかった。

 出発前に読んだ本によれば、教会でソパ・デ・アホ(ニンニクのスープ)のサービスがあると書いてあったが、私は忘れていて寝てしまった。

<7月10日。26km> 

 台地の森の中を行く。朝は深い霧。高さ5mほどの十字架が霧に霞む。丘陵を下りると、はるか遠く、平野にブルゴスのまちが広がる。
まちに入ってから大聖堂に行き着くまでが長かった。川沿いの公園の中を延々と歩き、散歩をしている多くの市民とすれ違う。

 ブルゴスのホテル泊り。撮りためたフィルム、CDプレーヤー、壊れたカメラ等を日本に郵送。

 ここから60kmほど山中に入ったところに、回廊が世界一美しいと言われるサント・ドミンゴ・デ・シロス修道院があり、行きたかったが、バスが1日1本で(行くのは夕方。帰るのは朝)、往復に2日かかるのであきらめた。

 午後7時、Hさん夫妻がバヤドリッドから会いに来てくれた。バルで、バル特有のつまみをとり、10時頃まで話をする。

注)Hさんは人見さん。「BUDOYA」経営。C/VALDELGA N゜4 47320 TUDELA DE DUERO(VALLADOLID)ESPANA。tel34-983-52-07-92。

<7月11日。10km>

 昨日寝たのが遅かったので、8時30分スタート。ブルゴス市内のバルで朝食。お城やアルベルゲを見物した後、タルダホスへ。
12時30分着。日差しが暑い。アルベルゲの受付が3時半なので、ホステルの看板のない安宿に泊ることとした。

 宿代10ユーロ。疲れがたまっていたので、3時間ゆっくりと昼寝。窓からの風が心地よい。

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