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挑戦 その4 槍穂縦走

(挑戦・その4)

<槍穂縦走・単独行>2000年9月19日(火)・夜行-22日(金)

 不安定な天気が続き出発を延ばしていたが、台風一過、天気予報はやっと全国的に2日間の晴天を約束してくれた。今こそ行くチャンス。骨折で入院している母が退院してくれば行けなくなるかも、との思いもあった。

 夜の「六つ星山の会」の会議に出席した後、新宿23時発・上高地行の夜行バスに乗込む。ウィーク・デーだというのに中高年の登山者で満員。
車内はこれまでにないほどに窮屈な感じがして、体が痛く、ほとんど眠れなかった。席が窓側だったこともあるが、62才という年齢のせいもあるようだ。夜行バスに乗るのはもう止めだと強く思う。

 上高地5:50着。6:10スタート。岳沢経由・穂高岳山荘までは前穂の登頂も入れて標準で9時間30分の行程。休憩時間も必要だし、はたして暗くなる前に着けるだろうか。
遅れれば、前穂はカットしよう。いつもは持っていく大型カメラ、CD、ガスコンロ等は持たず、荷はできるだけ軽くした。

 冷気が身にしみ厚手のジャンパーを着る。河童橋にはまだ人影なし。広場に数人。穂高連峰が朝日に輝く。数年ぶりの単独行だ。気持がキュッと引き締まる。

 岳沢へ。夜行バスで苦しんだ割には体が軽く、快調に飛ばす。岳沢ヒュッテには標準で2時間30分のところを1時間45分で到着。客の姿はなく、受付に男性がポツンと1人いるのみ。

 今回は槍穂の縦走。このうち、奥穂-北穂間は数年前ジャンダルムを走破した際に歩いており、今回の目的は残りの岳沢から奥穂への登りと北穂-南岳間の大キレットの通過にある。この2つは数年前からの懸案だった。
私が好きなのは、スリルのある-しかし、技術的にはそれほど難しくない-岩場が続くルートである。
二つとも30数年前に歩いているが、どんなところだったかはほとんど憶えていない。

 大キレットは、学生時代から付き合いのあるymや今は亡きmtと一緒だった。こわくて岩場にしがみつき過ぎ、時計の表面にいくつもの傷が付いたことを憶えている。

 最近は毎年のように槍ヶ岳穂高に登っており、槍穂縦走ルートのすぐ近くにまで行くのだが、妻や知人のサポート役を務めていたために、眺めるだけで行くチャンスがなかった。行きたい思いは増すばかりで、今年の夏こそはと楽しみにしていた。

 岳沢ヒュッテでポットに湯をもらい、軽い朝食をとって出発。暗い樹間には既に霜柱があった。はしごや鎖場を上る。急ではあるが、こわくはない。
岩稜帯まで登ると太陽がまともに照りつけて暑くなった。Tシャツ1枚になり、頭に手拭いを巻く。いつものスタイル。紀美子平には標準で3時間のところを2時間20分で到着。

 空身で前穂へ。30分で11時に頂上着。まっ青な空が広がる。雲ひとつなし。槍穂の連山がクッキリと見える。
遠く、八ヶ岳、南ア、中ア、木曾御岳。その向こうに富士山がかすむ。うしろを向けば、はるかに白山。
すばらしい。気分は最高。次々と写真を撮る。更に先端に出ると涸沢小屋の赤い屋根が眼下に望めた。アッという間に30分が経ち、紀美子平に戻る。

 奥穂への吊り尾根は思っていた以上の急登。岩をよじ登る。足は前に出るのだが、息がハアハアとせわしない。空気が薄くなったせいか。暑さのせいか。3000m位の高さでは今までになかったことだが。歳のせいだろうか。

 奥穂山頂に13:50着。16:00頃と思っていたが、予定よりはだいぶ早く着いた。のんびりしていこう。岩の間に横になる。眼をつぶると日差しが暑い。
ジャンダルムの方から一人到着。岳沢から来た登山者がコースの様子をたずねているようだ。ラジオも聞こえる。50分の休憩。

 きょうはこれで終りと思いながら小屋へ下る。ところが、真下に小屋の屋根が見える鎖場まで来て、急に不安感がこみ上げてきた。
こわいと思うと体が動かなくなり、易しい岩場でも落ちることがある。明日はもっと危険なところ。大丈夫だろうか」と。

 誰かのサポートをしているときはサポートに夢中なために不安を感じることはなく、かえって体はスムーズに動くのだが。一人だと気持が揺れる。

 15:10小屋着。要した時間は正味7時間。食欲はあまりない。夕食はごはん1杯で済ます。むしょうにのどがかわく。

 2日目、5:30スタート。きょうも快晴。涸沢岳山頂で朝食。6:10、いよいよ岩場へ。昨日の不安感がかすかに胸底に残る。
危険個所に来て自信がなければ引き返せばよいのだ。まずは長い鎖を下る。足下数百m、はるかに涸沢ヒュッテ。

 高度感がすごいが、ホールド、スタンスとも充分にあり、それほど怖くはない。高齢のご夫婦と一緒になる。70才近いよう。数年前に来たという。鎖場や岩場でご主人が一生懸命に奥さんに注意を与えている。ユックリしたペース。
こちらもそれに合わせて下りながら、後の記念にと険しい鎖場の写真を撮る。広大な岩稜帯をジグザグに下りきると、あとは容易。北穂高に9:00着。暑くなってきた。

 山頂の小屋で弁当を食べる。大キレットから数人が到着。口々に「怖かった」と言う。しかし、危険な岩場を乗り切ったという思いから、その顔は晴れやか。
一人が「○○さんがそばにいたから安心感があって、乗り切れた」と言っている。それを聞きながら9:30スタート。

 はじめの1時間はボトルの足場もあったが、概して容易。ガイドブックにコース中の最大の難所とあった「飛騨泣き」はこの先。どんなところかと思いながら下る。でも、「飛騨泣き」に来て不安は消えた。

 はじめの馬の背状の岩場には太い鎖が懸かっており、足場も充分過ぎるほどにある。易しい。飛騨側をトラバースする個所も、足元は切れ落ちているものの、ホールド、スタンスがしっかりついており、特に難しいというほどではなかった。

 順調に通過。ホッとする。あとは難しいところなし。見上げるように急な岩稜帯を鉄梯子も使って上りきると、南岳小屋。13:00着。北穂から標準4時間30分のところを3時間30分で走破。危険地帯は抜けた。安堵感が広がる。50分の休憩。

 ここからはゆるやかな稜線。長ズボンの裾をひざまでまくる。体の中を風が吹き抜け、満足感に涼しさが重なる。これが山のよさ。槍ヶ岳山荘16:15着。

 一休みのあと、17:00槍ヶ岳へ。17:15山頂。先着して数人がいたが、その人達も小屋の夕食に間に合うようにと下りてしまい、広大な天空と連なる山々の中に一人残された。心が自然にとけ込む一瞬を味わった後、小屋に戻る。

 無事を伝えるために家に電話をすると、Hさんが病気の再発で亡くなったという。歳は3つ上。山小屋にいる自分となんという違い。病魔が誰を襲うかは運による。立場が逆のこともありえた。

 そのあと、小屋のテレビで、シドニーオリンピック・柔道100kg級の井上康生が金メダルを取る瞬間を見た。ふと、生きているとは何だろう?と思う。

 3日目、雲が多くなり日の出がややぼける。5:30スタート、新穂高温泉へ。初めての道。六つ星の誰かをサポートして来るかもしれない。よく見ていこう。
始めは小石が多く滑り易いカール状の斜面。人影は全くない。一気に駆け下りると、1時間ほどで森林帯。登ってくる人と初めてすれちがう。親子連れのようだ。

 槍平小屋で20分の休憩、軽食をとる。ここから滝谷避難小屋(無人。廃屋に近い)への1時間は視覚障害者にとっては難路と思われた。傾斜はないが、石が多く、直径1m前後の石の上を次々と渡らねばならない。2時間はかかりそう。

 標準6時間を正味4時間40分で新穂高温泉に10:30着。10:40発のバスで平湯温泉へ。

 乗継ぎの待ち時間を利用して、バスターミナル3Fにあった温泉に浸かる。露天風呂もある。いつもそうだが、山のあとの温泉は最高に気持がよい。

 下界の便利な生活とはかけ離れた-そして、自分の力が試される-小さな冒険は終わった。
 13:53松本発の特急あずさに乗車。

 今回の単独行は単独行としては数年間のブランクがあったにもかかわらず、スピードはまあまあだった。
しかし、帰ってからの4日間は足の筋肉痛に悩まされ、また、胃に負担がかかって唇が荒れ、治るのに1週間を要した。

 コース選択には年齢を考えての慎重さが必要な時期に来ている。

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