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挑戦 その2 北鎌尾根

(挑戦・その2)

<北鎌尾根と船窪乗越へ>1995年8月9日(水)夜行-16日(水) 
  
≪針の木雪渓-船窪小屋(泊)-船窪岳-烏帽子小屋(泊)-高瀬ダム-湯俣(テント泊)-北鎌沢出合(テント泊)-北鎌尾根-槍ケ岳-槍ケ岳山荘(泊)-鏡平小屋(泊)-奥飛騨温泉郷-帰京≫   

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  私にとって、ことし1995年の登山のメイン・イベントは北鎌尾根である。

 多くの登山者が憧れ、登りたいと熱望しているルートのひとつに入る。あの新田次郎の小説「孤高の人」の主人公・加藤文太郎が厳冬期に遭難したところであり、また、松涛明が同じく厳冬期に、疲労で動けぬ友人を抱え遺書を書いて死んでいったところでもある。
そのためか、厳しくて危険の多いルートという印象が強い。

 私は夏にこのルートを、山岳ガイドを頼んで登った。私にとってガイドを頼んだのは初めての経験である。

 ガイドは、世界第二の高峰「K2」にも登った俵谷さん。雑誌「山と渓谷」で知って頼んだ。ガイド料は6万円。

 私のように体力と技術に不安のある者にとっては、ガイドを依頼したのは正解だったようである。これで不安感が拭われて、気持良く登ることができた。

 ところで、今回このルートを選んだのは、いくつか理由がある。

 第一の理由
 山仲間のmzさんと来年は、2-3級の岩壁を6時間ほど登り続けなければならないスイスのマッターホルンに登ろうと約束した(結局は行けなかったが)。
そのためには、国内でいくつか岩を登って訓練しておく必要がある。その訓練の最初として、このルートを選んだのである。

 第二の理由は、年に一度は自分のための登山をしたいと思っていること。

 最近は何人かの人達と一緒に山に登ることが多い。六つ星の視覚障害者をサポートして、あるいは職場の人を案内してである。

 しかし、それは自分のための登山ではない。それらとは別に、今までに登れた山よりはひとつ水準が上のところ、自分の力量から見てぎりぎり登頂が可能な山に挑戦してみたいという気持をいつも持っており、一昨年はジャンダルムに、昨年は黒部下の廊下へと挑戦した。
それが今年は北鎌尾根である。

 また、今回は、北鎌尾根の外に、単独行による船窪-烏帽子縦走も加えた。こちらは、北アルプス全山縦走を完成させるためである。これが今回の山行を企画した第三の理由

 一昨年にジャンダルム縦走、その前年に栂海新道縦走(北アルプスの北端。親不知海岸まで)を行ったことで、北アルプス全山縦走の残りは、種池小屋-船窪-烏帽子の間だけとなった。
このうち、船窪-烏帽子の間は登山道の崩壊が激しく、案内書では北アルプス縦走路中の難路とされており、今までは行くことを躊躇していたルートである。
いや、行かないつもりであった。それが、先月・7月号の「山と渓谷」に、船窪-烏帽子間はそれほど危険はないと紹介されていたので、急に行く気になった。
                    
 <北鎌尾根>
                       
 北鎌尾根はテントによる2泊3日の山行である。
先にいくつか感じたことを挙げておこう。

 道はわりとはっきりしていた。水俣川を遡る川沿いの道は笹に埋もれていて分かりにくかったが、尾根への取りつき点から上のルートは一般の登山道と同じくらいに踏み跡がはっきり付いており、案内なしでも迷うことはなさそうに思えた。

 険しさはジャンダルムと同程度。ただし、危険箇所でも鎖や梯子が一切ないこと、それとシュラフ、食料等テント泊の荷が加わるために背中のザックが重いことなどがジャンダルム縦走とは異なる。

 荷物については、テントと食料はガイドが用意し持ってくれたが、シュラフやヘルメット、ハーネス、防寒着、水(2L)などは自分で持たねばならず、ザックの重さは15kgはあったろうか。かなり重かった。
腕一本の力だけで自分の体とザックを岩の上まで引き上げねばならないところもあり、その箇所では、もう少しで手が離れそうになったほどである。

 登った結果から言えば、このルートは、岩登りのエキスパートでなくとも、体力さえあれば、ガイドなしで登攀は可能であろう。
ロッククライミングの技術に頼るところはほとんどない。ある程度の重い荷を背負って長時間歩けるだけの体力があればよい。

 ただし、私達は、独標槍の穂先への登攀では、通常のルートを行かずに、ガイドとザイルを結んで岩を直登するルートを採った。私達にロッククライミングの面白さを味わせるために、俵谷さんがサービスをしてくれたのである。

 (北鎌尾根・第一日)
 
                        
 2日前に針の木の大雪渓から登り、北アルプスでは難路と言われる船窪-烏帽子を越えてきたところである。烏帽子小屋を午前7時頃に立ち、午前11時前には高瀬ダムに下りてきた。ここで東京から来るガイドと待ち合わせることになっている。
また、山仲間のmzさんもやってくるはずだ。

 コンクリートの堰堤の上に腰を下ろして、ザックに寄り掛かり両岸に高くそびえる山を眺めながら、ゆったりした気分で皆の到着を待つ。今回山行の第一の目的は達成したのだ。
快い疲労感が全身に広がった。

 ときどき観光客を乗せてタクシーが上がってくる。
一行がやってきた。ガイドは3人。俵谷さんと知人のsaさん、それに俵谷さんの弟さん(青森の高校の先生)。客は4人。
船橋で手打ちそば屋を開いているというenさん(私と同年の57才)。冬の上高地に入り一人でテントを張るという40才代のskさん。それに、mzさんと私。
自己紹介をしあって早速出発。私にとっては今回山行の第二の目的への出発である。船窪越えの後なので、体力が続くかとやや不安があるのだが。

 きょうは湯俣荘まで。ただし、ことし7月の豪雨で、このあたり一帯はかなり被害を受けており、湯俣荘は閉鎖中とのこと。

 高瀬川沿いの車道を延々と歩く。人家は全くない。
2人の登山者とすれちがう。湯俣温泉まで遊びに行ってきたという。
湯俣荘に着く手前で橋が落ちていた。約3時間で到着。
広々した川原にはテントがいくつか。我々もテントを張る。
早速、mzさんと川原の中央を流れる清流に行く。深さは50cm位。着く前から2人で川に入ろうと話をしていたのだ。パンツひとつになり、夕日の中、澄んだ水の流れで体を洗い、ついでに頭も洗う。なにか嬉しい。日頃できないいたずらをやっている気分。水はそれほど冷たくない。

 次に、川原のあちこちに掘られた露天風呂を探検。掘ればどこからでも湯が湧くので、登山者が掘って作ったもののようだ。底に泥や湯垢がたまっているものが多く、気持ち良く入れそうなものがなかなか見つからない。
やっとひとつ見つけた。浅いので、体を横にしないと全身が温まらない。喜んで二人で入り、自動シャッターで記念写真を撮った。

 夕食のとき、他のテントの住人が一人、話に来た。「いつもは山に登るのだが、今回はここで三日ほどのんびりするためにやって来た」という。変わった人だ。持ってきた酒が底をついたので、一杯飲ませてくれないかとのこと。
そういえば、ここは山の奥の奥。人里に出るには歩いて半日はかかるであろう。下界から逃れてのんびりするには最適だ。

  ここから更に10分程歩いた川原に、熱湯がぼこぼこと湧き出したところがあり、彼はそこに露天風呂を掘ったという。何でもみてやろうと早速、mzさんと二人で出かけた。

 崖沿いに吊るされた、角柱2本で作られた桟道を行く。下は激流。今は廃道になった伊藤新道である。岸辺のかなたに硫黄の盛り上がった小山が見えた。熱湯は随所に湧いていたが、彼の掘った露天風呂は見つからない。暗くなってきたので引き返した。

 標高がまだ低いせいか、テントの中は暑くて寝苦しかった。顔だけを外に出して寝る。

 (第二日)
                         
 湯俣川、水俣川の分岐から水俣川の方を遡る。まず急斜面の笹の中を行く。道はやっと分かる程度。ときどき笹藪の中で迷う。

 次いで、千丈沢と天上沢の分岐を左の天上沢へ。
川を向岸へ渡ることになった。川幅は20m程か。深さはひざ位。深みにはまれば腰位になりそうである。

 俵谷さんが先に渡りザイルを張る。それを手で握りながら、それぞれ、登山靴をはいたまま渡る。enさんがころんで深みにはまり、胸まで濡れた。
それを見て、私は俵谷さんの弟さんが用意してくれた木の枝を杖替わりに使って慎重に渡る。幸いにしてころばなかったが、靴も靴下もグッショリ。靴下を脱いで時間を掛けて絞る。

 更に谷を遡る。また、渡渉。また、靴下を脱いで絞る。でも、結局、これは無駄なことだった。すぐ後でまた、川を渡り返すことになったからだ。今度は、渡り終わっても、靴に水を溜めたままで歩いた。

 川の淵の岩壁をトラバースするところに出る。向こうまで7-8m位か。鉄のワイヤーが岩に沿って一本渡してあるが、手掛かりとしては充分でなく、更にザイルを渡す。
しかし足掛かりの岩も滑りやすく、向こう側にトラバースするには苦労した。滑り落ちれば激流の中である。やっと渡る。他の人が渡るのを待つ間に、この難所を写真に撮ろうと何枚もシャッターを押した。

 北鎌沢出合に着く。まだ川原は広いが、水はない。予定では、ここから右に折れて2時間の急登で尾根上にある北鎌のコルまで行く予定だったが、上部に水が無さそうなので、ここで泊まることになった。

 テントを張る。まだ、午後4時。時間は早い。
焚き火をすることにして、mzさんをさそい川原に散らばる枯れ木を集めに行く。

 燃え出した火の側に皆が濡れた靴と靴下を置く。
夕食のとき、俵谷さんが、この夏、ダウラギリⅠ峰(世界で第6位の8,000m峰)に行くという話を聞いた。
昨年アコンカグアで私が世話になった労山のKさんの隊も同じ時期
に行くという。ルート工作を協同でするようである。奇遇だ。私が登山で世話になったお二人が別々の隊のリーダーとして同じ時期に海外の同じ山を目指すとは。
そういえば、saさんは、私がアコンカグアに登っていた丁度そのときに、別の隊に参加をしてベースキャンプに来ており、アコンカグアへの登頂に成功したという。また、俵谷さんとsaさんは、来年インド隊に参加し、エベレストを目指すという話も聞いた。
(なお、俵谷さんはダウラギリで登頂後に遭難し、帰らぬ人となった。ご冥福を祈る)
 
 夕食後、しばらくの間、焚き火をかこんで皆で過ごす。
enさんに手打ちそばの作り方の話を聞く。
靴下を枝に吊るして乾かす人も。

 遠くに2組がテントを張った。煙が見える。あちらでも、焚き火をしているようだ。
 
(第三日)
                         
 きょうの行程が長いために、午前4時起床、5時に出発。昨日までの行程は、北鎌への取りつき地点に達するためのものであり、きょうこそが北鎌尾根登攀の本番となる。

 広い川原から分かれ、急傾斜の北鎌沢(右俣)を約2時間で一気に登る。たどりついた尾根の上は20-30m四方の広場。「北鎌のコル」という。ここからは尾根伝いだ。
ザイルをつける。saさん、私、mzさんがひとつのザイルで結ばれた。道の両側は、はるか谷底へと落ち込んでいるが、道幅は1mはあり、踏み外す危険はほとんどない。
それに、ザイルで結ばれているので、怖さは感じない。

 快晴。深く濃い青空が広がる。朝日がまぶしい。
疲れがたまり、足が重い。休憩のたびに、アメをなめチョコレートを食べる。果物味のチューブ入りのカロリー補給食も食べた。
それらを一口食べると、また歩く力が湧いてくる。疲れがひどい時には、食べた物がすぐに活力に転化するようである。

 尾根の上の踏み跡は明瞭。普通の登山道に近い道がついている。
独標の下に到達。通常のルートを離れて直登することになった。
俵谷さんがザイルを張る間、ザックを下ろして待つ。断崖の上である。ザイルを解かれたので、急に怖くなった。
遙か数百m下に谷川が光って見える。踏み外せば、あそこまで一気に落ちるだろう。

 あとから来た一組が追い抜いていった。彼らはザイルはつけず、通常の一般ルートを行くようだ。

 3ピッチで独標の頂きに出た。こちらのルートもほとんどは急傾斜のガレ場であり、ロッククライミングを必要としたのは、取り付き点からの、数mの登り一箇所だけであった。  
はるか遠くに槍の穂先が見える。

 独標から、いくつか岩稜を越えて、北鎌平へ。ここも広い。稜線でテントを張っている中年の夫婦がいた。槍を越えた向こう側は登山者で大混雑しているので、ここに留まり静けさを楽しんでいるのだという。彼らのほかには誰もいない。

 槍の穂先へも、一般ルートを行かずに、直登ルートをとった。取り付きは高さ5m程の垂直に近い岩場。ザイルを着ける。
2m位の高さに横に走る細い裂け目に爪先を入れ、岩を抱えながら右回りに上へ登ろうとするが、上部に充分な手掛かりがなくて、なかなか乗り越せない。
背中の荷が重くて背後に引かれる。一瞬、限界だ、落ちると思ったが、爪先の位置を変えてやっと乗り越した。

 そこから穂先へはワンピッチ。頂上の祠の裏に出る。
前日のテント泊のときに、skさんが言っていた。「昔、槍に登った時に、山頂の祠の向こう側は断崖になっていると思っていたのに、そこから子供の顔がヒョッコリ飛び出しビックリしたことがある。その子は父親と一緒に北鎌尾根を登ってきたんだ。それを見てから、北鎌を登って頂上の祠の背後に顔を出してみたいとあこがれてきた」と。

 頂上は登山者で一杯。肩の小屋周辺でテント泊の予定だったが、テント場は満員である。やむなく、全員、小屋に泊まる。

 翌日は、俵谷さん等と分かれmzさんと二人だけで双六小屋から鏡平への道をたどった。

 快晴である。前日に登った北鎌尾根を眺めながら、のんびりと歩く。あそこが独標だろうか。休憩時間を多くとり、いろいろと、とりとめのない話をする。双六小屋で休憩。
この頃から雲が出はじめ、遠くで雷が鳴り出す。鏡平小屋で一泊。奥飛騨温泉へ。
午前中に到着。バス停前にある無料の村営風呂で汗を流した。満足感に満たされた。

 三つのコースを一気に回ったために、帰宅してから一週間ほどは疲れが抜けず、朝、出勤するのがけだるかった。


(追加) 
北鎌尾根に登る前の<船窪乗越から烏帽子へ>の記事を掲載します。
                            
 
ここは、北鎌尾根に行く前に縦走。
 案内書には「危険。一般登山者は立ち入らないこと」と書いてあったが、実際に行ってみて感じたのは、それほど危険な所ではないということだった。むしろ、槍穂縦走不帰ノ剣よりは易しいように思える。

 このコースは急登、急下降の連続。結局、危険なコースと言うよりは、体力勝負のコースと言える。

 景色は抜群。北アルプスで第一級の豊かなお花畑、こまくさの大群落、荒々しい断崖絶壁、眼下の高瀬ダムと遙かなる槍ケ岳のとり合わせ、池塘が点在する「烏帽子・四十八池」など見どころは多い。

 (第一日)
 新宿を夜行列車で立ち、信濃大町からバス。5:15に扇沢の登山口に着く。

 霧雨。林の中を行く。この登山が終わった後で北鎌を登るが、その用具としてシュラフ、ヘルメット、ハーネスなども持ってきたために荷は割りと重い。15kg位か。

  大沢小屋を経て、しばらく行くと針の木の大雪渓が始まる。幅は10-20m。長さは200-300m程度か。傾斜はそれほどきつくはないが、早朝の寒さのために、雪面が固く滑りやすい。アイゼンをつけて登る。

 はるか上のほう、雪渓の中で立ち止まっている人がいる。こちらが登っている間、ほとんど動かない。写真でも撮っているのだろうか。近づくと中年の男性だった。
聞いてみると、アイゼンがなくて滑落しそうなために怖くて動けないという。先ほどすれちがったのだが、はるか下を赤い雨具の女性が下りていく。

 あれは彼の奥さんで、彼女のほうが勇気があってアイゼンなしで下りていったとのこと。着けていた4本歯のアイゼンの片方を貸すことにした。差しあげると言ったのだが、どうしても返したいので住所を聞かせてほしいという。住所を教えて分かれる。

 雪渓の登りに必要とした時間は30分程度か。雪渓が終わったところで、下りてくる数組の登山者に会った。

 針の木小屋9:30着。小屋に入り、土間のストーブで暖をとる。着衣はかなり濡れており、やや寒い。座敷では数人の登山者がくつろいでいる。雨できょうは出発せず停滞を決めているようだ。

 コーヒーを飲んで30分後に出発。雨が激しくなった。蓮華岳への登山道は雨に煙り、人影はない。山頂近くはガレ場のゆるやかな斜面。

 登るにつれ、「こまくさ」がぽつぽつと見られるようになった。上に行くほど増えてくる。そして、山頂周辺は、今までに見たこともないほどの大群落。これほど「こまくさ」が多い山は他にないのではなかろうか。

  しかも、ピンク群落の中に白い「こまくさ」をひとつ見つけた。あとで案内書を見ると、蓮華岳で確認されているのは4株しかないという珍しいものだった

 雷鳥には4-5回会った。雨や曇りの日は鷹等に襲われる恐れがないために茂みから出ていることが多いと聞いた。

 山頂10:00発。ガラ場を急下降。鎖場や梯子のところは、荷が重いのでゆっくり下る。北葛乗越に12:30に下り立つ。

 依然として雨。蓮華への登りで一人とすれちがったほかは、誰とも会わないが、体調が良いので不安はない。ここから急登が始まる。荷の重さで息が切れる。

  14:00北葛山頂着。雨がやみ、ときどき青空がのぞく。
  また、下降。登り返して七倉岳山頂船窪小屋に着いたのは15:40。着衣は下着までかなり濡れていた。結局、30分の休憩を含み、10時間30分で踏破したことになる。ほぼ案内書どおりの時間である。

 (第二日)                                  
 きょうは危険の多いところをいくつか越えて烏帽子小屋まで。泊まっていた10人前後の人はすべて同じ道を行くようだ。皆、幾分か緊張している。昨夜は何人かが、小屋の主人に危険な箇所がどこか、どの程度険しいかを尋ねていた。

 5:30小屋発。眼下にテント場。それを過ぎて更に下降。左は断崖で、はるか数百m下に谷底が望める。右側のお花畑の中に道がついている。黄色、ピンク、白、青などの花々。

 船窪乗越からは急登。一人、先を行く中年の人がいた。その人も荷が重そうで、あえぎあえぎ登っていたが、立ち止まり、こちらに道を譲ってくれた。鎖場や梯子のかかった所を越えて船窪岳へは8:00着。周りに木があり、眺望はあまりない。

 ここからまた急下降。ニッコウキスゲの黄色い大群落の中を下りる。その他、いくつものお花畑。花の種類の多さ、豊かさは北アルプス屈指と思われる。

 崖のところで老人が一人休んでいる。荷が重くかなりばてているようだ。こちらも、先に不安があるのでサポートをするわけにはいかない。やむをえず追い越す。

 不動岳への登りは、しばらく左の断崖沿いの赤土の中に道が付いていた。幅30cmほどの道で、その左側に乗れば崩れそう。雨が降れば一層すべりそうだ。昨年夏に、ここで大学生が足を踏み外し、数百m下の谷底へ転落したという。

  不動岳着10:30。槍、表銀座、裏銀座、針の木の山々が周りを囲む。左下に高瀬ダム、
右後方に黒部湖。斜面にこまくさの群落。途中一緒になった人と弁当を食べる。11:00発。

 もうひとつ鞍部を越えて南沢岳に12:30着。ここからの道はゆるやか。池塘が点々と散らばり「48池めぐり」と言われる景勝地を過ぎる。すばらしい。ここには職場の誰かを案内し、このすばらしさを共有したいものだ。

 ここまでで、すれちがった登山者は数組7-8人程度。夏山登山の最盛期だが、このコースに入る人は少ない。

 縦走路から分かれ、烏帽子岳にも登る。ここまで来ると、烏帽子岳小屋から往復して登る人が多い。針金のついた急な岩場あり。

 下りてきた所で南沢岳の方から来た中年の男性と会う。聞いてみると、針の木小屋から10時間で来たという。私の足なら17-18時間はかかるところ。すごい人がいるものだ。

 烏帽子の分岐点から小屋へは30分程度。烏帽子小屋着15:00。
 結局、それほど危険な所はなかった。
がれ場をロープ伝いに登る所、鎖で下降し更に登り返す所、両側が切れ落ちた幅50cm、長さ4-5mの道、不動岳への赤土の登りなどが危険と言えば言えよう。危険の程度は荷の重さや天候の具合にも左右されるが、幸いにして天気には恵まれ、荷も、ばてるほどには重くなかった。

 小屋は超満員。高瀬ダムや野口五郎岳から来た一組50人前後の中高年中心の団体客も
数組いた。

 夕方、小屋のそばの空き地にヘリコプターが飛来。
 これで、北アルプス全山縦走はほぼ完了したことになる。残るは比較的易しい針の木-種池の間のみ

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