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毎日、無事平穏 2011年10月21日

(毎日、平穏無事に過ごす。2011年10月21日)
午前中に視覚障害者登山団体「六つ星山の会」の事務をこなし、それから散歩に出かける。事務がないときは、午前10時頃に家を出て成田山・新勝寺や京成沿線の佐倉まで歩くことも。また、月に3回は六つ星の事務や会議で都心の飯田橋や高田馬場に出かける。その他、地域での活動や週1回の会議もあるし、毎週木曜日は孫の爽太と遊ぶ日である。
小学校時代の友人Oとは月に1度位だろうか、都心で会って食事と散歩を楽しんでいる。先日は新宿御苑を歩き、あらためて苑内に数多くの大木があることに気が付いた。高さや幹の太さ、うっそうとした葉の茂り具合がたいへん見事だった。
六つ星の登山は月に1-2回。9月は中央線沿線の「源次郎岳」に登ったが(参加29名、うち視覚障害者9名)、急登、急下降が多く、登山後5日間ほど、ももの筋肉痛に悩まされた。

 

そんな毎日である。
「幸せ」とは、何だろう?「幸せ」を感じられるかは心の持ち方の問題なので、何らかの「悟り」を開けばどんな状況でも「幸せ」を感じることはできると思う。でも凡人が「悟り」の境地に達することは至難であり、私にとっては、自分と家族が健康であることと、ささやかでも安定した収入があることが「幸せ」の第一条件であろう。今のところ、それはある。
それ以外に何を望むか? 「夢中」になれる仕事や遊びを一つでも持つこと、「ワクワクできること」を一つでも持つことは、最高の「幸せ」の一つと言えよう。一時期、日本100名山の単独登頂に夢中になった。また、マッキンリー登山やサンティアゴ巡礼では、行く前の数カ月間、ワクワクとして気持が高揚した。こんなことが、今後もできれば、それに越したことはない。サンティアゴ巡礼ではこれまでにスペイン(1ケ月)とフランス(1ケ月)を歩いた。今は、ポルトガルの巡礼路を歩くことを夢見ている。モンブランの山麓を一周する、ドイツのロマンチック街道を歩く、イギリスを縦断するなどの夢もあるが、これはあの世で実現することになろうか。
3月の東日本大震災で多くの人が家族を亡くし、家を失った。経済恐慌で若者を中心に失業や不安定就労が増えている。世界規模では環境破壊が進む。そんな中で、私は、心が痛みながらも、「平穏無事な毎日」を過ごしている。

 

(散歩)
散歩は1回3-6時間程度、ときには8-9時間になることも。行ったことのない道を歩くのが好きだが、最近は、家の周辺は歩き尽くし、歩いたことがない道がなくなった。
そこで今は、やや遠い我孫子や柏、野田、守谷、あるいは佐倉、成田、つくばなどにも向かう。利根川の堤や手賀沼の周辺を歩き、田んぼや森の中を歩く。小川には餌をねらう白鷺、メダカやザリガニ、バッタや赤とんぼ。小学生の頃は小川で魚採りに熱中していたので、今でも小川があると魚やザリガニがいないかとを覗き込む。はるか遠い昔、何もかも忘れて遊びに夢中になっていた自分を思い出し、かすかになつかしさを味わっている.。0041

 

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(手賀沼)

 

成田線の東我孫子駅から湖北駅の間に「谷津ミュージアム」と名付けられた田んぼや森がある。近所の人達が環境保全に力をいれているところで、散歩道が整備され、ときに草刈りも行われ、ホタルも生存する。端から端まで歩けば30分位か。こんな場所を発見するのも散歩の楽しみの一つである。
また、江戸時代から続く村々には、遠い昔に建立された神社やお寺が点在する。
手賀沼南岸にある「将門神社」は千年前の建立。天慶3年(940年)、平将門が朝廷軍に敗れて戦死したが、その霊を祀って、三女の如蔵尼がこれを建立したと伝えられている。「将門」の名が付いた神社は日本でこの神社だけという。

 

写真・将門神社(創建後、10回ほど改築されている)025

そこから歩いて1時間、「旧手賀教会堂」は明治16年に建てられた日本ハリストス正教会(ロシア正教)の礼拝堂である(近くに「新手賀教会堂」もある)。外観は小さな農家。その一室を改造して祭壇を置いたもので、手前は畳敷き。首都圏近郊に存在する教会堂としては最古のものという。祭壇に描かれたイコン画(キリスト、マリア様など)は、明治初期ロシアに留学しイコン画を学んだ女流画家・山下りんが描いたもの。市街地から遠くはなれた、人影のない、小さな村にもそんな歴史が存在する

 

(写真・旧手賀教会堂・この農家の内部にある)。

 

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写真・山下りんが描いたイコン(中央の4枚)

 

(喫茶店・カフェ)
散歩の途中で喫茶店に寄り、本を読むのも楽しみの一つ。先日は公園のベンチで本を読んだが、初秋の風がとても気持良かった。
家から歩いて数時間の距離に行きつけの喫茶店がいくつかある。
我が家から1時間、取手市内の小文間にあるのは、7-8人、3席で満員になる小さな喫茶店。周辺は畑、点々と家がある。市内には駅前を中心に数十軒の喫茶店があるが、ここが一番気に入っている。全面ガラス張りの向こうは芝生の庭。満員のときは庭にあるテーブルへ。金・土・日のみの営業。サラダ、スープ、パンが定食。1時間ほど読書をして、更に散歩を続ける。
手賀沼に南面する丘の上、森の中にある「小綬鶏(コジュケイ)」という喫茶店もお気に入り。大正時代の白樺派の文人・武者小路実篤邸に隣接しており、明治・大正の頃の洋風建築である。窓の外の林や竹林、小鳥などを眺め、読書をしながら、静かで、落ち着いた時間を過ごす。家から歩いて2時間。
手賀沼の南岸にもう一軒、好きな喫茶店がある。急斜面の崖の下に立つ現代風の2階建てコーヒー専門店(お店は2階)。席はカウンターに面して5-6席、それと窓際に4人一組のテーブル席二つ。昼はカレーを出す。数ヶ月に一度位だろうか、地元の人がギターなどを弾くコンサートもある。
南柏駅前の喫茶店にもときどき行く。丸テーブルに3ヶの籐椅子の席が窓際に4ケ所、その他、カウンター席、4人一組の席などがゆったりと置かれている。私はいつも籐椅子に座り、ワッフルと紅茶を注文し、1時間以上本を読む。ここに置かれている月刊の「家庭画報」を読むのも楽しみ。日本や欧米の美しい風景がカラー写真で載っている。家から歩いて3時間。

 

(小綬鶏・入口)

 

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(小綬鶏・内部)



(読書)
読書は軽いものがほとんど。最近では、宮城谷昌光著「楽毅」(紀元前の中国・戦国時代の名将を描く)、同「香乱記」(始皇帝が死去し秦が滅亡した後、正義を旗印に漢の建國に抵抗した小国・斉の物語)、同「天空の舟・小説・伊尹伝」(中国・殷王朝の建國を描く。伊尹は殷の宰相)、中村彰彦著「われに千里の思いあり」(加賀藩・三代藩主利常、四代光高、五代綱紀の物語)、笹本稜平著「還るべき場所」(K2の登頂を描く山岳小説)などを読んだ。ここ数年では塩野七生の「海の都の物語」、「ローマ人の物語」、佐藤賢一の「小説フランス革命」などもたいへん面白かった。「小説フランス革命」は単行本で半年置きに出版中、次巻の出版が待ち遠しい。
これまでを振り返ると、小学生の頃は駅前の闇市で祖父に買ってもらって「猿飛佐助」、「霧隠才蔵」などの講談本を、高校時代にはよく味わうことなく世界文学全集を、20代には通勤電車の中で毎日毎日ねばって、分からないなりに「資本論」を読み切った。
20代の後半からは軽い本が中心になった。たとえば、小学時代の友人にエラリークインの「Xの悲劇」を紹介されてからは、海外の探偵小説を多く読んだ。また、転勤で4年を過ごした秋田では、冬は一日吹雪くことが多く、夏目漱石の文庫本をすべて読み、その他、山本周五郎、藤沢周平の時代物、新田次郎の山岳小説などもほとんど読んだ。山本周五郎の「樅の木は残った」、「虚空遍歴」などはお気に入りで、数回読み返している。
 ある作家が気に入ると、その作家のものばかり読む癖があるが、ひと通り読んでしまうと、次の作家を探すことになる。探す場所は書店か、図書館。中村彰彦、笹本稜平などの本はつい最近、図書館で発見した。「読書」はまことに「人生を豊かにするもの」である。017

 

(囲碁)
家での趣味はインターネットを利用した囲碁。パンダネットというシステムの利用料は1ケ月2500円。加入している世界中の人といつでも何局でも打つことができる。
(登山)
今年の夏は、六つ星山の会(視覚障害者登山の会)の人達と北海道の旭岳と十勝岳、それと北アルプスの薬師岳に登った。

 

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 (薬師岳へ。鬼ヶ岳の雪渓)

 

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(五色ヶ原)

 

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 (薬師岳へ。五色ヶ原・ハクサンコザクラ)

 

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0831171(7月初旬・前方・薬師)

 

 
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 (北海道・旭岳・ロープウエイ駅)


(旅)
 2月末に伊豆の河津桜を見に行った。旧職場の仲間5人と、仲間の一人の別荘を利用しての1泊旅行。河津桜は満開で、河津川の堤に延々と続く桜のトンネルがとても見事だった。
 11月には妻と娘と3人で2泊3日の京都旅行に出かけた。

 

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(河津桜・2月26-27日)

 

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(孫の爽太とザリガニ釣り)
毎週木曜日は孫の爽太(5歳)と遊ぶ日である。木曜の夕方はお姉ちゃんの風奈がママと一緒にお稽古事に行くので、帰ってくるまでじじが爽太の面倒を見ることになる。午後2時に幼稚園に迎えにいき、爽太が行きたい所へ連れて行く。夏の間はプールだった。
 綾瀬のプールに行くときのこと、小川でザリガニ釣りをする3人の小学生に出会った。紐にスルメを結んで流れに入れるとザリガニが飛びつく。引き上げても餌を離さない。どんどん釣れる。爽太にとってザリガニ釣りは初めての経験。道具を持っていないのに夢中になり、興奮して「ここにいるよ」、「餌を投げて」、「網、持ってきて」とお兄ちゃん達に指図までする始末。プールへ行こうと手を引っ張っても、大きな石にしがみつき、その場を離れようとしなかった。
 後日、スルメと紐を持ってその小川に行き、たくさんザリガニを釣る。爽太の嬉しそうな顔が印象に残った。
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(リリーに会いたいな)

 

 孫のリリーには、1年以上会っていない。息子と嫁のアンジェラの一人娘。今年の夏に住んでいるNYから来日の予定だったが、日本で原発事故があり、来るのを取り止めた。とこどき、スカイプの上でお話を交わしているが、腕に抱けるのは来年だろうか。

 

 

(ときどき心が乱れる)
 ときどき心が乱れる。それは六つ星山の会での人と人との関係。視覚障害者登山をサポートしようという善意の人達の集まりであるが、人が集まるとどこでも葛藤が生じる。
 相手の気持を全く理解しなかったり、無神経な発言があったりして、思わずかっとするが、会全体のことを考えて怒りを抑えるように務めている。しかし、心の乱れはいつまでもおさまらない。そんなことがよくある。ときには会を辞める潮どきだと思うこともあるが、その一方で、心が狭くて、「六つ星第一で」の覚悟を決められない自分を嘆いてもいる。

 

 皆で山に行くのは楽しい。それだけをやっていれば幸せなのだが。

 

(仲間に支えられて)

 

 六つ星で何か問題が起きると、「どうしてる」と必ず電話をくれる仲間、固い握手を交わすことで意思が通じる仲間がいる。率先して事務をやってくれる仲間もいる。「お世話になっています」と、会費とは別に六つ星に寄付をしてくれる視覚障害の方もいる。そんな人達に支えられ、励まされて、今の自分がある。六つ星との係わりは、心乱れるときもあるが、一方で私の人生を豊かにしてくれる。

 

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