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俳句と和歌の鑑賞

         「俳句と和歌の鑑賞」

 

  百人一首の競技を始めたのは小学生の頃。中学・高校時代には夢中になり、百首全部を暗記して、競技の腕を上げた。

 学校の授業で和歌や漢詩の講義が好きになったのはそのためである。今でも、ときどき和歌や漢詩の本を読み、また、日曜日の朝日新聞に載る「朝日 俳壇・歌壇」に、ほぼ毎回、目を通している。

 

1)新聞や本からの抜粋

 最近読んだのは、大岡信の著作「詩歌遍歴」、「うたの歳時記-恋のうた 人生のうた」、「うたの歳時記-夏の歳時記」、井上靖「額田女王(ヌカタノオオキミ)」、白州正子「西行」などである。

 いくつか、魅かれた歌を挙げてみよう。

 

○ 朝日新聞「朝日 俳壇 歌壇」より

(2016年)

・「山桜 山にけぶりて 人を恋ふ」(2016/5/16付)

・「向日葵(ヒマワリ)は 金の油を身にあびて ゆらりと高し 日のちひささよ」(5/16付。前田夕暮、ゴッホを詠った大正3年の作)

・「山開(ヤマビラキ) 祝意の晴を 賜りし」(7/25付)

・「霧にかすむ 落葉松林を抜けてきて 着きたる小屋は 濃い霧の中」(7/25付)

・「夏休み 近づくほどに 輝く子」(8/1付)

・「海の青 空へ返して 梅雨明くる」(8/15付)

・「母のもとに 還る流灯 爆心地」(8/15付。原爆では多くの子供たちが亡くなった。流灯とは流し灯篭のこと)

・「みほとけに 委ねし命 菊枕」(9/26付・あの世での平安)

・「冬木立 貝になりたい 人ばかり」(9/26付・俳句時評。黙々と歩く勤め人を現代の象徴と見ての一句か)

・「秋蝶の地に落ち歩む息遣い」(10/17付)

・「卒寿とふ 自負も自戒も 遠ざけて 誰かに甘えてみたき 秋霖」

 (10/24付。私も傘寿に近い。忍耐とねばり、「ほんの少しは世のために」という自負などで生きてきた。でも、ときどき無性に誰かに甘えたくなる。傘寿・80歳。卒寿・90歳)

・「太陽光 パネルの並ぶ 関ヶ原の 何処に鎮むや 鬨(トキ)の声ごえ」

 (10/24付。最近、中仙道を歩いた。芭蕉の「夏草や 兵(ツワモノ)どもの 夢のあと」をも思い出す。昔と今とでは、風景も変わり、風景の感じ方には、大きな違いがあるようだ)
・「熟成す 命の重み 葡萄かな」(10/31付)
・『「ほら見て!」と 言う相手亡き さみしさよ 秋明菊(シュウメイギク)が
咲き始めたのに』(11/13付)
・「便利さは 歩きスマホに 見るごとく 人の人たる 所以(ユエン)揺るがす」(11/28付)
・「歩いては 抱っこをせがむ子 冬日和」」(12/11付・日々平穏) 

・「いたはりの 一ト゚言抱き 冬ぬくし」(12/11付)
・「漁の舟 小春日和に 眠りをる」(12/26付)
・「蕨手は 夜見の手 それも幼き手」(12/26付。俳句時評・高野ムツオ。蕨手-野に生える蕨、夜見-黄泉。震災で津波に呑まれた幼子を悼む歌)

 

(2017年)

・「誕生日 迎えし朝に 「泣かないで」と 言い残し逝きし 十歳の君」(2017/1/16付)

・「永遠と いふ幻とゐる 日向ぼこ」(1/16付)
・「孤独こそ 大きな贅沢 年守る」(1/16付)

・「七草の うつわの中の 山野かな」(1/23付)

・「去年去年 100年持たす 命かな」(1/23付)

・「厳寒の 北海道に 生き伸びん」(1/30付)
・「日脚伸ぶ この一枚の 紙の上」(1/30付)
・「大寒の 影の食い込む 商店街 ひとり花屋の あたり春めく」
(2017/2/12付)

・「井月の 如く果てけり 冬の蝶」(2017/2/12付・「井月(セイゲツ)」は放浪の俳人)

・『「バーバ」「ブ-ブ」 語尾少し上げ 背なの子の ぬくしいとおし 帰途は夕焼け』(2/20付)

・「もう春を 待ってゐられぬ 野の光」(2/20付)

・「きさらぎや 死にゆくひとへ 梅開く」(2/20付)

・「自立とは 小さき革命 春立ちぬ」(2/27付。いろいろな「自立」。中一の我が孫は悩みながら自立中。小学校では楽しさを満喫。今は自信過剰と自信喪失の間(ハザマ)にあり、いじめっ子と見られて悩んだりしている。)

・「耕せば ただひたすらの 人となる」(2/27付。黙々と耕す。)

・「白梅の 香り残して 閉校す」(2/27付)
・「母という 宝は天に 春の空」(3/6付)
・「久方の 天に春立ち 曾孫(ヒマゴ)抱く」(3/6付)
・「雛飾り 止めて媼(オウナ)の 余生かな」
(3/6付)

・「歯がゆさが 電池不足の リモコンを 押すのと似てる 君の返信」(3/6付)
・「いのちとは ひらかながよし はるがきた」(3/13付)
・「池の面に 微笑み少し 春浅し」(3/13付)

・「耕して 耕して耳 遠くなり」(3/20付)

・「梅香る 風にも色の あるような」(3/20付)

・「いつもより ながくてすこし きつかった そつえんのひの せんせいのだっこ」(4/9付)

・「中庭の ロープが解かれ 心臓と 一緒にさがす 受験番号」(4/9付。私にピッタリ。私のときは他校を受験の日で、父が見に行ったが、父もそんな思いだったかも)

・「早蕨や 優しき人は 裏切らず」(4/9付。そんな人、いいな)
・「振り仰けて(フリサケテ) 若月(ミカヅキ)見れば 一目見し 人の眉引(マヨビキ)思ほゆるかも」(4/9付。「短歌時評」より。大伴家持。言葉使いがまるで音楽のように美しいとの評あり)

・ 「一身に 流れて海へ 放たるる 生死の際の やうなる河口」(4/9付。北久保まり子。上に同じ)
・ 「両膝(モロヒザ)を ついてしまえば 土は春」 (4/17付)

・「吉野から 京都醍醐寺 花吹雪」(4/26付。豪華絢爛。どちらも行ったことがあるが

・「道徳という 教科無き フランスは 小学生より 哲学学ぶ」(4/26付。小学生の頃から哲学を学べば、人間の深さに違いがでるかもしれない?)
・「壁越しの 深いためいき 受けとめて 眠りに落ちる 深夜病棟」(4/26付。何となく分かる気持)
・「耕人の しばらく雲を みつめおり」(5/7付)
・『「てて」は手に 「あんよ」は足に 背も伸びて さくらさくさく 子の入園式』(5/7付)

・「雨脚も 染めんばかりの 牡丹かな」(5/22付。「染めんばかりの」がぴったり)

・「聖5月 人には青の 時代あり」(5/22付)
・「平和こそ 山川草木 皆笑う」(5/29付。平和だからこそ山を楽しめる。国内が戦場になったら、家族と逃げ惑う毎日が来ることだろう)
・「地響きに 滝の重さの ありにけり」(5/29付)

・「緑陰の 座ってみたくなる ベンチ」(6/5付)
・「膨大な 時と深さに 息をのむ 五体投地で 進みゆく人」(
チベット仏教)

・「時雨忌や 命の限り 万歩計」(11/6付)

・「死なば冬 大き眠りの ときなれば」(11/25付。西行法師は「願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月の頃」というが。歌で詠まれると、どちらにも惹かれる

・「大花野 喜寿の少年 少女行く」(11/25付。暖かなまなざし)

・「日記買う 余命宣告 受けし日に」(12/18付)

・「ごくたまの 心の中に忍び寄る 鬼には負けず 十年介護」(12/25付。母の介護、妻の介護。その違い

・「お日様の 力及ばぬ 寒さかな」(12/25付。何かやさしい)

 

(2018年)

・「生涯を 漁師に生きて 初明り」(1/15付。初明り=初日の出

・「雑木林 焦がすばかりに 冬夕日」(1/15付

・「楽しみの 一杯詰まる 冬休み」(1/15付)

・「独楽廻り 澄めるは動の 極みかな」(1/22付

・「励ましの 言葉一言 あたたかし」(1/22付。何物にも代えがたい)

・「神の御手 大きく開く 初日かな」(1/22付。おおらかな元旦)

・『「しあわせ」と聞かれ 幸せですと言う 三食たべて 布団で寝ている』(1/22付)

・「瞑想か または無想か 霜の鶴」(1/29付)

・「添書に 想いの深き 賀状かな」(1/29付)

・「一湾の 底の底まで 初凪(ハツナギ)に」(2/4付)

・「天空を あまねく統べる 寒の月」(2/12付)

・「万緑を 仰ぎ一身 立て直す」(7/8付)

・「天からの 風を枕に 昼寝かな」(8/5付)

・「地球船 秋の航路に 入りけり」(8/12付)

・『三人の 九二歳が ひそひそと 「あの世は無いよ」と 語らう聞こゆ』(8/12付)

・「降り立てば 秋草の待つ 無人駅」(9/9付)

・「風だけが 秋に気づいて をりにけり」(9/9付)

・「ゆきなやむ 牛のあゆみに たつ塵の 風さえあつき 夏の小車」(9/9付の「うたをよむ」より。藤原定家。小車は平安時代の牛車

・「折れそうに なることきつと あつただらう 貫きとほして 翁長知事逝く」(9/9付。革新、沖縄県知事逝く) 

・「永き永き 未来を自ら 断つまでに 命追い込む 学校とは何」(9/23付 

・「落葉踏む 音に雑念 捨ててゆく」(11/25付)

・「まっすぐな 道に寒さで ありにけり」(12/2付)

・「露の世に 大往生と いふがあり」(12/2付)

・「一枚の 落ち葉に音の ありにけり」(12/2付)

・「慎ましく 生くるといふを 雨音に 聞けと諭さる 越(コシ)の庵(イホリ)に」(12/16付)

・「猫のごと 我が身舐めたき 師走かな」(12/16付。なんでなの。ふと、笑みがこぼれる一首)

・「耳もとで 川中美幸の 二人酒 歌ってみたり 寝たきりの母に」(12/23付。ある人からもらったメールの中にも『(寝たきりの母のために)「炭坑節」と「ソーラン節」を歌って踊ってきました。唯一、笑って手拍子を打ってくれます』とあったのを思い出す)

・「乾坤の すべてが冬を 受け止める」(12/23付)

・「埋(ウズ)み火に 鬼も手をだす 寒さかな」(12/23付)

 

 

(2019年)

・「一病を 生きる糧とし 梅真白」(2/24付)

・「手を合わす 君の仕草が 好きだった 食事の始まり 別れの終わり」(3/03。亡き母を思う)

・「お遍路の 今花人や 杖止め(ヤスメ?)」(4/28付。いつか、行きたい)

・「廃校の 花爛漫の 寂しさよ」(4/28付)

・「万葉集 「こひ」に「孤悲」とふ 仮名あてし 想いは死なず 令和の世にも」(4/28付)

・「万緑の 蔭の深さに 聞く水音」(6/02)

・「電球の 裸したしき 金魚売り」(6/02。小学生の頃の縁日を思い出す)

・「鈴蘭に 白きさみしさ ありにけり」 (6/09)

・「短夜や もう露天風呂に 人のこゑ」 (6/16)

・「幼子の 肌も若葉も 透けてゐる」  (6/23)

・「万緑の 底の底なる 湯宿かな」   (6/30)

・「七夕や 不治を悟れば 何願う」   (7/28)

・「人は子を 時に殺める 梅雨空を まっすぐ見つめ 卵抱く鳩」(7/28)

・「軒を出て 狗(いぬ)寒月に 照らされる」、「故郷には 母古雛を 祭るらむ」

                (8月11日・藤沢周平作。朝日俳壇のかこみ記事より)

・「四桁の 暗証番号 ふっと消え ATMに 立ちつくしをり」(8/25)

・「水も米も 魚も野菜も 果物も スーパーにある 暮らしの貧しさ」(8/25)

・「老いどちや 生き生きと死を 語り秋」

        (8/25。どんな思いを表しているのか、気にかかった。 朝日「俳句時評」より)

・「かなかなの 夕べの祈り 風に乗る」

  (8/25。「かなかなの声」を「祈り」ととらえる。私が感じるのは「涼しさ」だが)

・「噴水や 緑の池に 銀を撒く」(8/25)

・「もし帰化を すれば笑顔で 言えますか 「日本人で よかったわ」と」

  (9/01。日本で81年生きた。あらためて「日本のよさとは、何か」と自問。

        山野は水と緑が一杯。でも、日本の社会は福祉面では住みにくい)

・「白桃の 窪みに色気 ありにけり」(9/15)

・「敬老日 老いても大人 にはなれず」(9/15)

・「障害は 不便であれど 不幸ではないなど 軽く言いたくはなし」(12/29)

・「一日の しずかに暮れて ゆく障子」(12/29) 

 

(2020年)

「好きだけで 他が見えないうちは「恋」 好きも嫌いも 受け入れて「愛」」(1/12)

・「白鳥の 首やわらかに 眠るなり」(2/02)

・「露天湯の肩がとらえてゐる夜寒」(11/29)

・「我がために 太陽回る 日向ぼこ」(11/29)

 

(2021年)

「花の春 もう先見えて まだ凡夫」(2/07)

・「寒月の 心を射ぬく 白さかな」(2/28)

・「山あるよ 川もあるから 春よ来い」(3/07)

・「雨意すこし 含みてをりし 猫柳」(3/07)

 

 ○ 「折々のうた」(大岡信著)より

「薦(コモ)着ても 好きな旅なり 花の雨」⦅田上菊舎(キクシャ)。江戸後期の女性俳人。各地を旅して句作。旅への賛歌と決意を「乞食になってでも旅に出たい」と詠んだ。「薦」は乞食の着物。⦆

・「肩車 上にも廻る 風車」(武玉川・ムタマガワ。「武玉川」は江戸時代の雑多な形式と内容をもつ俳句集のこと)
・「見ていたい 花火を見上げる 君だけを」(和田香澄)
・「月天心 貧しき町を 通りけり」(与謝野蕪村)
 ○ 「うたの歳時記・第5巻-恋のうた 人生のうた」(大岡信著)より一層
 以下の4首は平安中期の歌人・和泉式部の作。 恋に人生をかけた情熱の人であるが、人生の深みを見つめる、はっとするような歌もある。この本で和泉式部という歌人を初めて知った。

・黒髪の 乱れも知らず 打伏せば 先づ掻き遣りし 人ぞ恋しき

(解説:「先づ掻き遣りし 人ぞ恋しき」は、「いとしげにこの黒髪を撫でてくれたあの人が恋しい」の意)

・あらざらむ この世のほかの 思い出に いまひとたびの あふこともがな(百人一首)

・とことはに あはれあはれは 尽くすとも 心にかなうものか 命は

(解説:「いとしい」という一言がほしいとあなたは言うが、かりにあわれを永久につくしてみても、限りある人間の身で、この心の無限の渇きをいやすことなどできるものでしょうか)

・もの思えば 沢の蛍もわが身より あくがれ出づる 魂(タマ)かとぞ見る

 

「額田女王(ヌカタノオオキミ)」(井上靖著)より

 著者は「額田女王は天皇に仕える巫女であり、天智天皇とその弟・大海人皇子(のちの天武天皇)に愛された」と見て、この物語を描いた。2016年に読む。

熟田津(ニギタヅ)に 船(フナ)乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな(唐・新羅連合軍と戦うために<後の白村江の戦い>、朝廷軍が筑紫へ向かう途中、伊予の熟田津に立ち寄ったときに額田女王が詠った雄々しい出陣の歌) 

・あかねさす紫野行き(ユキ) 標野(シメノ)行き 野守は見ずや 君が袖振る (額田女王)

 

○「西行」(白州正子著) 

 著者は伯爵家令嬢として明治43年に生れ、平成10年に88歳で没した。能や古寺、骨董等への造詣が深く、「能面」(15回読売文学賞)、「かくれ里(近江の古い寺社の巡礼記)」(24回読売文学賞)など、関連の著作が多い。吉田茂首相の側近・白州次郎氏はその夫。数年前、白州夫妻を主人公にしたドラマがNHKで放映されたが、二人の強烈な個性が今も印象に残っている。2016年に読む。

 この本は西行の足跡をたどりながら、その人柄と生き方への思いを語ったもの。西行は俗名・佐藤義清(ノリキヨ)。鳥羽院を守護する北面の武士であったが、23歳のときに出家。原因は鳥羽天皇の中宮・待賢門院へのかなわぬ恋にあるとの説もあるが、不明。高野山、伊勢などで長く草庵を結び、吉野、四国、東北を廻る。73歳没。自選の歌集として「山家集」(1560首)あり。花の歌、恋の歌、亡き人を思う歌、贈答の歌(親しい人との歌のやりとり)、旅の歌など。

・伏見過ぎぬ 岡の屋になほ 止まらじ 日野まで行きて 駒試みん(武者であった西行の若き日の歌)

・春風の 花を散らすと 見る夢は さめても胸の さわぐなりけり(著者の好きな歌という。はるかかなたの、いにしえの世界へと心が誘われる)

・吉野山 梢の花を 見し日より 心は身にも そはずなりにき(在原業平も「世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」と詠んでいる)

・春ごとの 花に心を なぐさめて 六十路(ムソジ)あまりの 年を経にける

・願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月の頃

・諸共に 我をも具して 散りね花 浮世をいとう 心ある身ぞ

・惑いきて 悟り得べくも なかりつる 心を知るは 心なりけり

・心なき 身にもあはれは 知られけり 鴫立つ沢の 秋の夕暮(「見わたせば 花も紅葉も なかりけり 浦の苫屋の 秋の夕暮(定家)」と共に「三夕(サンセキ)の歌の一つ」)

・嘆けとて 月やは物をおもはする かこち顔なる わがなみだかな(百人一首)

 

○「百人一首」(大岡 信著)より 

 小学生の頃代から「かるた競技」に夢中になり、すべての句を覚えたが、歌の意味には全く関心がなかった。関心を持つようにになったのは高校生時代。特に恋の歌に惹かれた。2016年に読む。

 

〇「定家 明月記私抄」(堀田善衛著・新潮社・1986年2月20日発行)-2017.3.13記

 著者には「ゴヤ」や「ミシェル・城館の人」(モンテーニュの生き方を書いたもの)などの著作があり、昔、興味深く読んだことがある。今回、図書館でこの本を見つけて堀田善衛は「藤原定家」のことも書いているんだと興味を惹かれて借りてきたものである。

 藤原定家は鎌倉初期の人。「新古今集」の撰者。父は俊成。兄弟姉妹は27人。
「春の夜の 夢の浮橋 とだえして 嶺に別るゝ 横雲の空」
「見渡せば 花も紅葉も なかりけり 浦のとま屋の 秋の夕暮」
等の歌あり。

 この本は、多くの煩雑な公家世界の行事に追われて疲労困憊する一方で、官位が低いために貧しかった家計のやりくりに追われる定家の日常を、当時の世相(京の町は荒廃。強盗が横行。隣家も襲われた)を交えながら描いたものである。
 定家の嘆きは多い。たとえば、
貧乏(雨漏りがひどいとか、着るものがなくて祭り見物に行けない、傘がこわれて雨の日は外出できない、必要にせまられ尻尾のない安い馬を買ったなど)や病苦(脚気、腰痛、胃痛など)、官位昇進の遅さ、荘園からの地代の少なさ、宮仕えでの煩雑な行事の多さなど。

 この本で平安末期から鎌倉初期の世の現実を初めて知った。中学時代に授業でこんなことを教えてもらっていたら、和歌の読み方がもっと変わっていたかもしれない。

(2)私の好きな歌

・あいみての のちのこころに くらぶれば むかしはものを おもはざりけり(百人一首)
・岩ばしる 垂水の上の 早蕨(サワラビ)の 萌え出づる春に なりにけるかも(志貴皇子)
・哀しみは 生きの命が 生めるなれば 子としおもひて 疎か(オロソカ)にせじ (窪田空穂)
「この明るさのなかへ ひとつの素朴な琴をおけば 
 秋の美しさに耐えかね 琴はしずかに鳴りいだすだろう」(八木重吉)             
 これらは昔から大好きな歌だったが、
こんな歌にもっともっと会いたいものである。

 

(3)記憶に残る歌

・天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも

百人一首。唐に渡った阿部仲麻呂は帰る船が遭難し、一生日本に帰れなかった。唐の都・長安ではるかに奈良を偲んでうたったもの。長安に旅行した時にこの句を刻んだ石碑に出会った) 

・願はくは 花のもとにて 春死なむ その如月の望月のころ(西行)

・旅に病んで 夢は枯野を かけ廻る(芭蕉)

・閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声(芭蕉。「岩にしみ入る」という一言にとても惹かれる)

・箱根路を 我が越えくれば 伊豆の海や 沖の小島に 波のよる見ゆ(源実朝。雄大な一句。万葉調と言われる)

・年を経し 糸の乱れの苦しさに 衣のたては ほころびにけり
(「前九年の役(1051‐1062年)の衣川の戦いで、源義家が逃げる敵将・阿部貞任に下の句で呼びかけ、貞任が上の句を返したという)

・風さそう 花よりもなお 我はまた 春の名残りを いかにとかせん(忠臣蔵で有名な浅野内匠頭の辞世の句)

・不来方(コズカタ)の お城の草に 寝ころびて 空に吸われし 十五の心(石川啄木。少年時代がなんとも懐かしく思い出される)

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コメント

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