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2021年の日常

<2021年の日常>

〇 今年も介護と家事中心の生活

 妻の膝痛が進み歩行が困難になって久しいが、今年も、妻が在宅のときは、3度の食事の支度のほかに妻の歩行やトイレの介助などがあって、好きなことがあまりやれない状況が続きそう。特に海外旅行などの長期の休暇は取りにくい。また、同居の長女(食事作りや洗濯、それに妻の介護の一部を受け持っている。軽い精神障害あり)との付き合いもある。一方、83歳にもなって、私の気力、体力は減退傾向。ロングウオークに対して挑戦の気持を持ち続けられるのは、あと、3年か、5年か。今は東海道歩きに挑戦中。

 これまでを振り返れば、神経症で自信を喪失し、人前に出るのが怖くなっていつもおどおどしていた20歳代前半を経て、40歳頃から現在の83歳までは、その神経症を克服して、ほとんどが単独行で、登山と旅に熱中した40年だった。行ったのは、日本百名山、日本の北アルプス・南アルプスの全山縦走、キリマンジャロやマッキンリーなどの海外登山、一回約30日間を歩く4回のサンティアゴ巡礼(スペイン、フランス、ポルトガル)などである。これらの中で、行く前はいつも、「どんなところだろう」、「果たして完走できるだろうか」といったドキドキ感、ワクワク感を味わってきた。

 家族にも恵まれた。子供は二人、孫は4人。長男はアメリカの女性と結婚し、バージニアに住む。子供は二人。次女は都内に住み、やはり子供が二人。

 趣味にも家族にも恵まれたと言えようこれで人生、十分。今後は妻の介護と長女との付き合い中心の生活に力を注いで行こうと思う。

 でも、一方で、人間の欲には限りがない。これからも、まだ、やりたいことがかなりある。その第一はロングウオーク。海外ではサンチャゴ巡礼(主な道は12本。うち4本は歩いた)、国内では東京から京都までの旧東海道歩き(これまでに、沼津の先のJR「原」駅までは歩いた)である。

 83歳にもなって、「これで満足。今後は特別に何もしないで、悠々自適の生活を送ろうという生き方もありそうだが、足が動く間はこれらのロングウオークを追ってみたいという思いが強い。幸いなことに、妻は1週間おきに自宅と老人介護施設の間を往復しているので、妻が不在の一週間は自分が自由に使える時間となっている。

 人間とは不思議なもの。ロングウオークなんて、苦労の割には全くお金にならない。でも、なぜ歩くのか。「新しい景色を見ながら歩くのが大好き」としか言いようがないのだが

 そんな中で、体力維持には努めている。数日おきに近くのプールに行き、連続してクロールで500mを泳ぐ。そういえば、マッキンリーに登った58歳の頃は、1回、1500-2000m、ときには3000mを泳いでいたのだが。

 世の中のために、誰かの為に、全力投球中の方々がいる。それに比べたら自分だけの楽しみを追う私の生き方はとても小さく見えるのだが---。

〇 東海道を歩く ー 沼津の先へ。

 旧東海道歩きに挑戦中。これまでに日本橋から沼津までを歩き、3月3ー4日は、沼津から静岡を目指した。しかし、沼津から東海道線の「原」駅を越え「吉原宿」に入った地点で、足が痛くなり、足裏が地面をしっかりととらえることができなくなったので、今回はとりあえず引き返してきた。京都まで先は長い。まあ、のんびりとマイぺースで先を目指すこととしよう。下の写真は沼津を越えたあたりの駿河湾の景色。旧東海道からこの海岸線に行くには、東海道を外れて約10分。富士山と海岸線の眺めがすばらしい。写真の最後は道端で出会った「おそうじ小僧」。なんとも可愛いらしくて写真に収めた。

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〇東海道を金谷宿まで歩く

 4月22日、23日、金谷宿から大井川を渡って、島田宿から藤枝宿、更に静岡駅へと東海道を逆に歩いてきた。出発地点のJR金谷駅は南アルプスへの玄関口。若いころ何回か、東京駅から夜行列車に乗ってここまで来て、大井川鉄道に乗り換え、南アの聖岳-塩見岳-赤石岳-北岳などへの縦走を目指したことがあり、懐かし思い出の地である。今回は平地歩き。途中で足が痛くなり、結局、歩けたのは、府中(今の静岡駅周辺)-宇津ノ谷峠、金谷宿-島田宿(大井川を渡る)のみだった。計画した区間の半分ほどにしか歩けず、足が弱ったことを痛感。

〇尾幡君を訪問

 私には長く付き合ってきた友人が数人いる。小学校時代からの友人は、尾幡君、柿島君の二人であり、高校時代に家族で一間の間借り生活を始めてからは、その間借りした大家の息子の神山の金ちゃんと親しくなった。

 尾幡とは川崎市の高津小学校の同級生で、中学・高校も同じ。小学校の卒業生のほとんどは公立の高津中学に進学したが、私立に進学するものもいて、うち10人ほどが目黒にある私立・攻玉社中学に入学した。私と尾幡はその一人である。

 5月28日、東急田園都市線の二子新地駅の近くにある尾幡の家(川崎市諏訪)を久しぶりに訪問。これまでは、数ヶ月に一度、東京駅に近い地下鉄の大手町駅で待ち合せをして、地下街で昼食を取りながら話をすることが多かったのだが、数年前に彼が腰を痛めて外出が難しくなってからは、お見舞いを兼ねて彼の家を訪ねるようになった。

 

 

 

 

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