山への思い

山への思い

山への思い(08/04/03)

◎ 登山は挑戦(「登山および旅行記」の一部)
 人が山に求めるものはさまざまであろう。雄大な自然を求めて、あるいは里山のどこか懐かしい雰囲気を求めて、人は
山に入る。
 また、未知の世界を歩きたい、絵を描きたい、写真を撮りたい、あるいは仲間との語らいを楽しみたい、瞑想にふけりたい-といった思いの人もいるであろう。
  でも、山の懐(ふところ)は限りなく広く、それらすべての人を受入れてくれる。そこには、人それぞれの山の楽しみ方があり、どれがよくて、どれが悪いということはない。

  そんな中で私が登山に求めるのは、「挑戦」の対象としてである。
 自分のレベルぎりぎりの山にチャレンジすることは、人の心をリフレッシュさせる。力の限界に挑み、困難を乗り越えて何かをやりとげようとすること、それは人の心を夢で満たし、わくわくさせ、更に日常の生活をも活性化させる。

 人生には、会社組織の歯車の一つに組み込まれて自分の努力の結果が見えてこないものや、先の見通しがないままに何年も粘り続けなければならないものがあるが、登山や冒険旅行では、自分の努力が成功に直接結びつくし、がんばる期間が限られていて、終わった後には快い休息が待っている。

 視覚障害者登山でも視覚障害の方の「挑戦する気持」にはできるだけ応えるようにし、個人的に依頼があれば、北岳、槍ヶ岳、穂高岳などの高所登山にもかなり出かけたが、それは、視覚障害の方が頂上に立って喜ぶのを見ると、自分も嬉しくなるからだった。喜びを共にするということであろうか。

◎ 単独行
 私は、独りで山に行くことが好きだ。マイペ-スで山頂をめざす。普通、2-3時間は休まずに歩く。誰もいない山の中、山はいろいろな姿をみせる。
  夏の塩見岳-森に朝日が差し込み、露を宿した木々の葉がキラキラと輝く。
  飯豊連峰-初秋の暑い日差しの中、それこそ無数の赤トンボが山肌に群がる。
  朝日連峰-山道に人影はない、地平線が赤く染まり、薄闇の中に山が沈む―――。

  それらが発する何かが心にしみ込み、心を包む。爽快さ、ものうさ、なつかしさ、深い落着き---。景色に応じて、いろいろな感情が心をよぎる。

◎ 登頂したときの喜び
 山頂に立ったときに得られる満足感の大きさは、山の難しさと自分の力量との差に比例する。普通の人には易しい山でも、高齢者にとっては難しく、登ったときの満足感は大きい。逆に、普通の人にとっては難しい山でも、ハイレベルの技術を持った人には全くつまらないと感じるであろう。

 マッキンリー。それに登ることは8000m峰に挑む一流の登山家にとっては足慣らし程度にすぎないが、私にとっては、全力を尽くしやっと登った山であり、その満足感は極めて大きかった。

山々と平行に点々と雲が浮かぶ。アラスカ第一の高みに立っているのだ。何という爽快感。自分が風となり、はるかなる青空へと吹き抜けるような解放感にひたる。

 涙は湧かない。登頂できたときは感動で涙するかと思っていたが、不思議と涙は出てこない。すばらしい解放感が涙を忘れさせてしまったようだ。」(「マッキンリー登頂記」より)

◎ 海外登山に行ける人は少ない。私は幸運(「登山および旅行記」の一部)
 海外登山には、お金と休暇と健康、それに家族の了解が必要である。
勤めている人にとっては、マッキンリーは最低でも2週間の休暇が必要であり、私は1ケ月近くの休暇を必要とした。
エベレストの場合は3ケ月が必要であり、この登頂に成功した知人は職場を辞めて参加している。

 私の場合は何とかそれらの条件を満たすことができた。
 日本には、登れる力が充分あるのにこれらの条件が整わず、海外の山に行けないという人が数多くいる。今、振り返ると、そんな中で、私は本当に恵まれていたと思う。それを考えると、海外登山に行ったことを得意気に話すのはチョッピリうしろめたい気がする。

 ◎ 登頂に成功するには
 登頂に成功するには、体力と技術のほかに、高山病対策がうまくいくこと、天候に恵まれることが必要である。その上、良き指導者(高山病対策等の)に恵まれれば更に良い。

 高山病対策。それには、①事前に体力をつけ、富士山に数回登るなどして、できるだけ高度に慣れておくこと(密室の入り気圧を下げて高度順化をはかる方法もあるという)、②登山中はゆっくりと登ること(キリマンジャロでは自信がなくて、いつも最後を歩いていた人が登頂当日は一番で山頂に達した。逆に前日までは飛ぶような早さで元気良く歩いていた若者が登頂当日はふらふらになってしまった)、③高所への登り下りを繰り返して体を慣らすこと(私はキリマンジャロでは小屋に着くと、その日のうちに更に上へと数百mほど登って体を慣らすということをした)、④水を多く飲むこと、増血剤(鉄剤)を飲むことなどがあるが、個人の体質も関係する。効果が大きいのは前3者であろう。

 成功の最後の鍵は天候に恵まれること。これは好天を神に祈るしかない。マッキンリーでは、「悪天候で登れなかった」と言いながら下りてくる、いかにも登山のベテランと言ったたくましい外国人登山者に何人も会った。アタックキャンプで晴天を待つのだが、食料が尽きてやむをえず下りてくるのだ。

 夏のマキンリーで晴れる日の確率はほぼ50%であり、その他の日は吹雪いている。私の場合、アタックの日は最後まで晴天・無風という好条件に恵まれて登頂に成功した。

 ◎ 仲間と行く登山
 私の登山は「挑戦」であり、これまでは単独行が多かった。
 でも、登山には仲間と一緒に行き、喜びを共有するという楽しみもある。
  親しい友人と行くときは、会話も楽しい。心が解放される。
  昔、登山の経験があまりない職場の仲間数人と行ったときは、山のすばらしさを知ってもらい、その人達が喜んでいるのを自分も感じ、喜びを共有した。山頂に到達し、眼前に広がる景色を一緒に眺めながら「どう、すばらしいだろう」と誇ってみたい気持になった。

 最近は単独で行くことはほとんどなくなった。1年に一度行くかどうかである。
年に30回位は行くが、ほとんど、視覚障害の方をサポートしての登山である。でも、その人達が登山を楽しんでいるのを自分も感じ、その喜びを共有している。

 視覚障害の方の感覚は晴眼者以上に鋭い。林を抜けて峰を渡る風を肌で感じる。ふわっとした土や落ち葉で埋まった道、残雪で凍った道を足で感じる。鳥の声や風の音を聞く。木の間から差し込む日差しに季節を感じる。
 ときには、大きな木や小さな花に手を触れて、その感触を楽しむ。登頂できたときの「やったー」という達成感は格別のものがあるようだ。木立のない山頂では、音の反響がないので、周りに何もない天空に立ったという解放感に包まれる。仲間との会話も楽しい。そんな喜びを私も共有している。

 ◎ 人間の不思議さ
 単独行の山は、自分のために行くものであり、人のためではない。また、自分のためと言っても、衣食住を手に入れるためではない。素人のスポ-ツは全て、そうであろう。しかも人間は、それをやり遂げたときに、涙を流すほどに感動する。また、それをみた人間も感動で胸を震わす。オリンピックでの優勝などはその最たるものであろう。

 それは人間だけの特徴だ。ほかの動物にも、たとえば、鳥が大空を舞うのを楽しむように、運動を「楽しむ」という習性はあると思われるが、それに「全力で挑戦する」ことはないであろう。
 大昔の、人が生きるために必死であった時代には、人間もこのようなことをしなかったのではないか。今は、仲間を守るためでもないし、衣食住を得るためでもない--ある意味では無益な行為に、人は敢えて挑戦する。ときには命を懸けて。

 人間社会が生み出してきた文化というものの意味がここにはあるように思う。衣食住が満ち足りたとき、人が求めるものは? なぜ求めるか? スポ-ツ、絵画、音楽に共通するのは、何かすばらしいことをやり遂げる喜びである。
 それに参加しない者にも、観戦し、鑑賞するという楽しみがある。また、絵画、音楽には、物事の意味を解釈するという楽しみもある。人間は生きることを充実させるために、これらを行う。

 ◎ 私にとって登山の意味(2013年追記)

1.1977年、40歳の頃から山に夢中になり、初めは日本百名山を、次いで栂海新道や船窪-烏帽子、北鎌尾根、更に自宅から親不知海岸までの縦走に挑戦しながら、マッキンリー等の海外登山も楽しみ、また、1989年に六つ星に入会後は視覚障害の方をサポートして毎年10回前後、山に登ってきた。

 3回のサンティアゴ巡礼を含めて、これらを振り返れば「楽しかった」の一言に尽きる。挑戦するときの「ワクワク感」、頂上に立ったときの「達成感」、それらを思い出すとき、何とも言えぬ「幸せ感」に心が満たされる。

2.経済同友会終身幹事の品川正治氏が死に臨んで 「私はまもなく世を去る。後の世代の方々には、憲法9条を守りつづけ、日本の平和、アジアの平和、そしてアメリカを含め世界の平和の先頭に立っていただきたいと願うばかりである」(2013年11月16日・朝日・夕刊)と記した。彼は戦争の悲惨さを経験し、戦争の愚かさを生涯訴え続けたという。

 自分の生き方にはそれとは大きなギャップがある。「社会のために」というよりは「自分のために」という生き方だった。社会を変える活動には35年間携わってきたが、最初の10年間を除いては、ほんの少し自分の力を使っただけであり、優先したのは「山」や「旅」という自分の楽しみであった。

  宮沢賢治は言う、「世界全体が幸福にならないかぎりは、個人の幸福はありえない」と。そのとおりだと思う。

 でも、自分が死に臨んだときに第一に願うことは、世界の平和ではなく、多分、家族と孫の幸せだと思う。スポーツや芸術の面で、一生を通じてやりたい楽しみを持つこと、夢中になれる楽しみを持つこと、それは生き方を前向きにし、また困難を乗り越える力になると思う。孫には、その一つが「山」や「旅」であることを伝えたいと思っている。

3.冒頭に「山への挑戦は日常の生活をも活性化させる」と書いたが、私の登山は生活を活性化させるためではない。仲間と行く場合、サポートとして行く場合などは異なるが、単独行で行く場合の目的は登山そのものを楽しむためであり、「日常生活の活性化のために行く」などということは全く念頭にない。

 自分の力で登れるかどうか、力の限界ギリギリの山に挑戦し、登頂すること、それが楽しいからであり、心がワクワクするからである。サンティアゴ巡礼も同じだ。

  今、ふり返ってみると本当に沢山の山に登ったものである。それは自分の人生にとって、どんな意味があったのだろうか。

 意味はあったかと言えば、 「楽しかった」の一言に尽きる。生きていて楽しかった-それでよい。「人生、満足」という充実感を感じている。

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